ワークショップの「塾生」

長田 そもそも、香瑠鼓さんがハンディキャップをもった人たちとワークショップを始めたのって、どれくらい前からなんですか。

香瑠鼓 23年前。

長田 きっかけは、誰かに出会ってですか。

香瑠鼓 うん。障がいのある子が私の舞台を観て「弟子入りさせてください」って言ってきたんです。その子のお母さんが「この子、初めて自分から『これをやりたい』って言ったんです」って教えてくれて……。その舞台は障がいのある人、出てなかったんですけどね。「弟子入りさせてください」って言われて、それで始めたの。

長田 その子が第1号?

香瑠鼓 第1号。

長田 すごいですね! そこからどんどん塾生っていうか、弟子も増えて。

香瑠鼓 塾生(笑)。吉田松陰(松下村塾)みたいね。

 障がいのある人たちって、私たちには見えたり聞こえたりしていないものを感じていたりするんですよ。本当にすごい人たちって、まだ未知なんですけど……。

 例えばうちの場合だと、外の社会とかをあんまりわかっていない重度の障がいの人って、きっと何かを感じているに違いない。そう思っていたんです。そう思っていた矢先に、菊地君という人がワークショップに来たんですね。彼は「脳梁」っていう右脳と左脳の間がない男の子で、「重度の障がいのある人」にしか見えなかったんです。

 ところがご両親いわく、菊地君は小学校2年生までに高3までの数学を習得して、ブッダとか哲学、宗教、全部わかっている。あと常人じゃ理解できないことがわかる。けど、いろんな音とか目に見えないものが見えちゃうから、普段は遮断する(意識を切ってしまう)んですよ。彼は「悪魔」とかもよく見えていると言っています。悪魔っていうのは電磁波のことらしいです。

長田 ああ、なるほど。

香瑠鼓 で、「悪魔が飛んでいった」って言うんですけど、それは電磁波がそこから消えたってことなんですよね。そこには何かネガティブなものが存在してるわけですね。そういうのが見えるって、「危ない」じゃないですか。だから自分を閉じていたんですね。そういうことを、数ヶ月前にカミングアウトしたんですよ。

長田 あ、彼が自分で?!

香瑠鼓 うん。

長田 そうなんだ! へえー。

香瑠鼓 彼は「ここ(ワークショップ)に来てから、香瑠鼓さんという人が自分と同じカテゴリーの人だってわかった」ってブログに書いてました。自分と同じカテゴリーの人がいたから、初めてカミングアウトしてくれた。自分のこと、わかってもらえないと思ってたらしいんですよ。でも私はすごくよくわかったんです。「目に見えないものを見ている、すごい人たちなんだろうな」って、障がいのある人たちのことを思っていたの。だから仲間として見ていただけ。カミングアウトしてくれたことで、すごい才能があるってわかりました。

 結局見てないもの、聞こえてないものがそこに存在するということは、文章では表せないですよね。私も菊地君が何を見ているか、わからないじゃないですか。「電磁波みたいな悪魔」としか言えないですよね。

 だからそういうものが存在するということを、彼らは《ヒミツのトビラ》の舞台みたいな芸術とかで表現していると思いますよ。

長田 確かに、例えば「電磁波の悪魔だ」とか言っても、電磁波の悪魔を見たことがない人からすると、それは空想上のものですよね。

香瑠鼓 まったくわかんないですよ(笑)。

長田 「あ、そう」くらいになっちゃいますよね。

香瑠鼓 ええ(笑)。電磁波って、だいたい、どうやって見るかわかんないし。

長田 電磁波があるのは、なんとなくは理解できるけど……。

香瑠鼓 そうそう。他にもね、天才ちゃんたちがいっぱいいて。

 お客様のお題に即興のダンスで応える、マヤちゃんとナルちゃんっていう、うちのトップクラスの人たちがいるんですよ。その女の子たちが、トークショーのときにバイオリンに合わせてダンスしたことがあるんですね。

 そのとき、RSA(The Royal Society of Arts)っていう、イギリスが本拠地の、90カ国以上のアーティストと起業家を結ぶ互助会の日本理事で、世界中を回っている人が、彼女たちのダンスを観たんですよ。その人は、ジョルジュ・ドンっていう歴史に残るくらい有名なダンサーを生で観たことがあるんですけど、うちのマヤちゃんとナルちゃんのダンスは、それと同じくらい感動したって仰ったんですよ。ジョルジュ・ドンに続き、魂が震えたのは2回目だって!

長田 へえー!

香瑠鼓 私、絶句しちゃって。「本当にこの子たち2人ですか?」って言って、何回もトークショーのときに確認したんですよ。でもその人、「いやそれくらい、僕にとっては」って言って、その後、絶句してました。芸術ってそういうもんなんですよね。

長田 そうですよね。

香瑠鼓 そのときは客席からいただいたお題が「山」でした。目に見えてない自然界が2人には見えていて、それをそこ(舞台)に再現しているんです。彼女たちのダンスからは自然界への尊厳も感じられました。

長田 あと僕、俊介君(《ヒミツのトビラ》の出演者)がとくに印象に残りました。あの方もワークショップ歴は長いんですか。

《ヒミツのトビラ》で踊る俊介さん。
普段は車椅子で生活しているが、舞台では飛び跳ねたりダイナミックな動きでダンスする。

香瑠鼓 長い長い。15年くらい。立ちますからね、彼も。車椅子の車輪に足ひっかけて立ってますよ。筋肉は30歳過ぎると、普通衰えるんだって。でももう37歳くらいなのに、立てるようになっちゃった。

 うち、もう奇跡ですよ。膠原病(こうげんびょう)の人も、(今のところですが)治ってますからね。最初は杖ついてたのに、このワークショップに通って、今は薬を飲まないで走ってます。むくみがとれてスリムになって。治るんですよ、膠原病って。なんかすごいことやってますよ、うち。奇跡の連続ですよ(笑)。

長田 いやーすごいですね。あと、親御さんもみんなで一緒にダンスしているから、それも良いですしね。

バリアフリーワークショップには、
ハンディキャップをもつ人たちの親御さんも参加できる。
写真は《ヒミツのトビラ》で舞台に上がる
俊介さんのお母さん(右から2番目)。

香瑠鼓 お母さんたちもすごいですよね。

長田 いやあエネルギーもらいますよ、あれ。

香瑠鼓 幸せですね、そういうの見るとね。

長田 そうですよね。あれは毎週やってるんですか。

香瑠鼓 バリアフリーワークショップは2週間に1回で、普通のワークショップ(一般の人向けワークショップ)は週5回くらいやってるの。それで本当にいろんな人が来ているの。絵本のネタに困ったらぜひ、というか来てください。「共振」できますよ。

「自由」になるのは難しい

長田 香瑠鼓さん、二十何年間もずっと、みんな(ハンディキャップのある人たち)と関わってらっしゃるでしょうけど、やっぱり良い意味で「特殊」じゃないですか、彼ら彼女たちと関わるときって。楽できないというか……。

香瑠鼓 そんなことないですよ。逆に「普通」の人、例えば会社員のような社会人とやるワークショップのほうが困っちゃいますね。子供もそうなんですけど。

 即興のワークショップにはやり方(メソッド)があって、そのやり方でやれば自然にできるようになるんだけど、必ず、「目標」とか、「何のためにやるか」とか、「何をしたら良いですか」とか、「何を真似をしたら良いんでしょう」とか、なんか「完璧」をやろうとするんですよ、みんな。誰かの真似をしなきゃいけないとか、先生の真似をすれば良いと思っていたのに、自分じゃできないってなるんですよ。そっちのほうが大変ですよ。

 だって障がいのある子が「わかんない」なら、まだ「障がいゆえに言葉が理解できないのだろうな」ってこっちはわかるじゃないですか。こっちの言葉の意味をすぐわかってくれなくても良くて。でも「普通」の子って、即興の意味はわかっているのにできない。闇、深くないですか。

長田 いやー、深いですね。それってどれくらいの年齢層から出てきます?

香瑠鼓 小学校2年生くらい。

長田 結構早いですね。

香瑠鼓 幼稚園生は良いんですよ。1年生はまだ幼児。1年生はまだ良くて、2年くらいから、だんだん人と同じじゃなきゃいけなくなるから。

長田 わー、それってその子自身じゃなくて、いろんな闇が深いですよね。年長くらいだったらまだ、ある意味いろいろ自由なんでしょうね。

香瑠鼓 なんかね、そういうの自体が……なんだろう。で、一般の社会人になると結構大変じゃないですか。

長田 確かに、大人の方がすごいかもしれないですね。

香瑠鼓 そうなんですよ。それを解決してあげるほうが大変かも。

長田 やっぱ時間がかかりますかね。

香瑠鼓 うん。だって、普段はやっぱり、言われた通りになるべく早く正確にやるっていう生活しなきゃいけないから。ワークショップが終わったら、また戻っちゃうわけね。戻るの、大変ですよね。

長田 大変ですよね。舞台《ヒミツのトビラ》の前半で、追い詰められた生活に悩んでる人たちが出てきますけど。

香瑠鼓 そう、もうずっとそこから、トビラの先にある自由な世界へ入れない、みたいな。「なんでも良い」ってことができなくなっちゃうからね。

長田 そっか、だって「自由に即興して良い」って言われたときに、「どうすれば良いですか」って変な質問ですもんね。

香瑠鼓 そうです。即興にもちゃんと基本があって、それを応用すればいいのですけど、そこを変えるってことは、もう生き方自体を変えて差し上げることです。それってすごく大変なんですよね。

長田 うんうん。その人は、自分ではそれができない状態にまできてるってことですよね。

香瑠鼓 一般のワークショップに来る人の、3分の2くらいがそうです。そっちのほうが困っちゃうんですよ。

長田 そんなにですか! それって国別に考えると、また変わってきますよね。

香瑠鼓 日本は結構、シビアじゃないですか。なんか人と同じことしなきゃいけなくなっちゃう感じが強くて。それが良い場合も、もちろんたくさんあるんですけど。障がいのある人たちに混じったりとか、クリエイティビティを発揮しなきゃいけないときに、すごく不利ですよね。

長田 そうですね。

僕も、そういうハンディキャップのある友達に、YouTubeのトイレの動画を永遠に見続けるってやつがいます。世界中のトイレの流れる動画があるんですよ。

香瑠鼓 面白いですね。

長田 面白いです。その子のプレイリストは全部トイレです。

 趣味っていろいろあって良いじゃないですか。当たり前ですけど。トイレの水が流れる動画をずっと見続けるっていうのを、小学校1年生の男の子がやってる。こっちは彼を見ていて、どんどん楽になっていくというか、不思議な気持ちになるんです。なんか本当に楽しそうなんですよ。トイレ、ざぁーって流れていって。それは、トイレを撮っている人もいるってことじゃないですか。だからそういう趣味の人もいる。

 僕、その日からいろんなものに目がいくようになって。エンターテインメントもそうですけど、華やかなものもあれば、すごく真剣なものもあるし、暗いものも明るいものも……。それで、もしかしたら自分にもなんかあるんじゃないかなってことを考えると、さっき仰ったように、もしかしたらその先に、ちょっと「自由」があるかもしれないのかなって思います。

香瑠鼓 うん、あるかもしれないですね。

長田 だから本当に、ハンディキャップのある子たちから学ぶのって、そこかなと思うんですよね。一般的なロジックから離れているというか、良い意味で気を遣ってないところがあるから。

香瑠鼓 そうですよね。私は、人間は自分中心で良いと思っています。まず自分が幸せにならないと。自分が幸せって感じてなかったらまずいじゃないですか。自分は我慢していれば良いんだってなると……。良くないですよね。

長田 そうですよね。

香瑠鼓 でも日本だと、それが良いとされちゃってる。「自分は我慢して」みたいな感じが良いと思って生きていらっしゃる方が多いですからね。それは美徳でもあるんですけど。でもそれが悪い方向にいっちゃったからね。

長田真作×香瑠鼓(3)へ続く